呉兢『貞観政要』 2020年1月 (NHK100分de名著)

日経新聞の「私の履歴書」2019年12月はTDK元会長澤部肇。彼が1998年に社長になった時松下電器の谷井昭雄からいわれたこと。「社長になってしばらくたつと知識がついて、いろいろなことに自分の考えを持つようになります。そうなると、自分の考えと同じことを言う人ばかりを評価することになって、違う意見の人の話を聞かなくなる。それは仕方のないことです。しかし、そうなるということはよく覚えておいてください」澤部は社長業の落とし穴として、肝に銘じた。そして社長を止めようと決断した頃には、実際に谷井の指摘した通りになっていた。高い経営判断力のあるきわめて優秀な役員たちも、社長の気持ちを推測して、それに合わせる意見ばかりがでるようになったわけである。長くやっているとどうしてもこうなってしまう。唐の名君として高名な第２代皇帝太宗・李世民（626－649）。その言行録（王と臣下の会話）をまとめたものが『貞観政要』である。北条政子も家康も明治天皇も乾隆帝もみんなこの本を勉強した。リーダー論の本（リーダーはいかにあるべきか）であるが、リーダーの視点、部下の視点の両方を書いているので、安定した繁栄する組織をいかに構築するかという組織論の本でもある。つまり組織に属するすべての人に役に立つ。組織の強さは人材のポートフォリオ（組み合わせ）で決まる。だからリーダーシップだけじゃなくフォロワーシップ（部下の上司に接する行動）も大切というのがこの本の主張。でもなかなか部下が上司に対してずけずけと反対の意見を言うのは至難の業。だから太宗はわざわざ「諫議大夫」という王様に諫言する役職を設けた。例えば諫議大夫・魏徴は過去は敵方の人間。自分を殺そうとした男を自分の政策の叱り役として登用した。魏徴は太宗、皇后とともに昭陵に葬られている。ということは死んでからも太宗は叱られ続けているということか。解説はライフネット生命創業者の出口治明氏。自身の経験を踏まえてわかりやすい言葉で要点を教えてくれる。わかりやすいが実行するのはほんとうにむつかしい。こころに残ったのは、〇リーダーとはひとつの「機能」であり、人間として偉いわけではない。〇人間の器は努力や勉強で大きくなるものではない。〇部下がだらしないのはリーダーがだらしないから。〇仕事が人生のすべてと考えるな。ところで最近、遣唐使・吉備真備の筆跡が中国で発見されたらしい。事実ならいままで吉備真備の書いたものはなにも残っていないから画期的な発見である。唐代の有名な書家・楮遂良の影響をうけた書体ということである。この楮遂良も太宗の任命した諫議大夫で、当書にもでてくる。太宗の死後、太宗の息子高宗のとき、高宗が皇后を廃し武即天を立后するのに猛反対。とうとう僻地に左遷されてしまう。諫言はまことにむつかしい。